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下関簡易裁判所 昭和37年(ろ)38号 判決

被告人 藤永敏生

大七・一〇・一五生 医師

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和三六年一一月一五日午後一時四五分頃、福岡県公安委員会が道路標識によつて駐車を禁止する場所として指定した福岡市下小山町東京生命保険相互会社福岡支社前道路において、道路標識の表示に注意し駐車が禁止されている場所でないことを確認して駐車すべき義務を怠り、同所が右駐車禁止の場所であることに気づかないで、普通乗用自動車山五す一八二五号を約四〇分間駐車したものである。」というのである。

被告人が公訴事実摘示の日時、場所(後記自動車の進行方向に向つて左側車道の左端)において、普通乗用四輪自動車山五す一八二五号を、西北方呉服町交差点に向けて約四〇分間駐車した事実は、被告人の当公判廷における供述、当審の証人広川清志に対する尋問調書及び当審の検証調書により、これを認めることができる。

被告人は当公判廷において、右道路が福岡県公安委員会の指定した駐車禁止場所であることは、被告人は山口県下関市に居住し、当日たまたま駐車禁止の道路標識の立ててある所を通らず、途中から同道路に入つて駐車したためその道路標識に気づかなかつたので、これを知らなかつた。なお、当時右駐車場所付近には駐車禁止の道路標識は立ててなかつた旨弁解する。

そこで審按するのに、博多警察署長の駐車禁止区域についての福岡県公安委員会告示に関する照会回答書、当審の証人広川清志、同北村実、同堀内利光に対する各尋問調書、当審の検証調書及び被告人の当公判廷における供述を綜合すると、

一、福岡県公安委員会において昭和三六年七月一八日同委員会告示第二四号をもつて、本件駐車場所を含む福岡市新町九番地博多駅から同市上呉服町二三番地先交差点に至る区間の道路の両側車道―県道博多停車場線―(以下「本件駐車禁止区間」と略称する)を、午前七時から午後一〇時まで自動車及び原動機付自転車の駐車禁止場所と指定して告示し、その頃同委員会において、西南側車道(東京生命保険相互会社福岡支社側)側には、本件駐車場所の西側約四〇センチメートルの歩道端の地点(イ点)、及び同地点から博多駅寄り約一〇〇メートルの歩道端の地点(ロ点)に、それぞれ道路標識、区画線及び道路標示に関する命令所定の「規定標識」がその表面を東方に向けて(車道には斜向き)立てられたほか、(ロ)点から博多駅に至るまでは約四〇メートルないし七〇メートルの間隔で右同様の規定標識が設置され、その反対側車道(複線の電車軌道敷地を超えて北東側)側にも、表面を西方に向けたほか右とほぼ同様な間隔並びに方法で規定標識が設置されたこと(末尾添付図面参照)。

二、被告人は下関市に居住するものであるが、本件駐車当日たまたま自動車を運転して福岡市に行き、千代町方面から呉服町交差点を経た後、左折し本件駐車禁止区間の裏道路を通つて前記(イ)(ロ)両地点間にある、殖産住宅相互株式会社福岡支店横の入口(ハ点)から更に左折して本件駐車禁止区間に入り、左側車道を前記呉服町交差点に向けて約六〇メートル進行して、東京生命保険相互会社福岡支社(以下「東京生命支社」と略称する)前の本件駐車場所に駐車したものであること(末尾添付図面参照)。

三、右駐車当時、前記東京生命支社前歩道端(イ)点に立てられた道路標識は、昭和三六年一一月頃暴風等のため倒れこれを何人かに持ち去られたままになつていて、前記殖産住宅支店横入口(ハ)点の後方約四〇メートルの前記(ロ)点から、前方駐車禁止区間の出口である前記呉服町交差点に至る(ニ点)までの約二〇〇メートルの間には、本件駐車車道についての駐車禁止の道路標識は全く立ててなかつたこと(末尾添付図面参照)。

四、なお、本件駐車当時、駐車場所の前方約一五〇メートルの地点即ち呉服町交差点外の緑地帯(ホ点)に、駐車禁止の道路標識が駐車場所の方向に向けて、他の道路標識よりやや高く立ててあつたが、駐車場所からは遠距離のためこれが標示を容易に発見できない状況にあり、しかも該道路標識は本件駐車禁止区間の出口(ニ点)から約五〇メートル離れた同禁止区間外の地点にあつて、本件駐車禁止の道路標識とみることは極めて困難な状態にあつたこと(末尾添付図面参照)。

が認められる。

検察官は、公安委員会が行う駐車を禁止する処分は、道路交通法第九条第二項、同法施行令第七条第一項により道路標識を設置して行うべきものとされているので、道路標識が設置されない限り有効な処分とはならないというべきであるが、一旦道路標識が設置され有効な公安委員会の処分がなされた以上、その後風水害或いは人力によつて道路標識が存在しなくなつても、同委員会の意思に基いて同標識を撤去されない限り、その処分は有効に存続するものといわなければならない。右施行令第七条第二項は道路標識の設置方法を規定するが、同項は設置方法の訓示規定に過ぎない。従つて、本件駐車当時たまたまその駐車場所の一角に道路標識が存在しなかつたとしても、福岡県公安委員会において本件駐車禁止区間に対しなされた有効な駐車禁止の処分は、依然有効に存続していたことは議論の余地がない。そして、本件駐車場所の前方呉服町交差点に高い道路標識があり、後方及び反対側の歩道端にも同標識があつたのであるから、駐車しようとする被告人において、同標識に注意すれば容易にその標示を発見でき、駐車禁止場所であることを知ることができたはずであつたから、本件駐車場所の一角にたまたま標識が存在しなかつた一事をもつて、本件公訴の罪の成立を妨げる理由とすることはできないものであると主張する。

しかし、公安委員会が道路交通法第九条第二項、第四四条第六号、同法施行令第七条の規定に基いて、道路の一定の区間における駐車禁止の制限を行うには、必ずその処分の内容を標示する道路の標識によつてし、その標識は車両がその前方から見やすいように、かつ制限道路の入口、出口の前面に設置するほか、道路又は交通の状況に応じ必要と認められる場所にそれぞれ設置することを要し、これにより設置された標識が存在しなければ法的効力を有しないものであつて、本件公訴のような道路交通法第九条第二項、第四四条第六号、同法施行令第七条、同法第一二〇条第二項、第一項第五号違反の罪においては、右にいう有効な道路標識の存在は、犯罪構成要件事実に属するものと解すべきであるところ、前記認定事実によると、本件駐車当時、被告人が本件駐車区間に入つた途中の入口付近及び同入口から前方同禁止区間の出口の呉服町交差点に至るまでの約一六〇メートルの間には、左側車道(東京生命支社側)についての駐車禁止の道路標識は全く存在しなかつたし、検察官が本件駐車に対し標識の効力が及ぶと主張する、前方呉服町交差点外緑地帯に設置された道路標識並びに後方及び反対側車道脇に設置された同標識は、いずれも本件駐車に対し到底有効な標識と解することができないので、結局本件公訴の違反罪の構成要件事実に属する道路標識の存在事実を欠ぐものであるから、被告人の本件駐車行為は罪とならないというべきである。

よつて、刑事訴訟法第三三六条前段により、被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

(裁判官 小林実)

昭和三七年(ろ)第三八号

判決添付図面〈省略〉

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